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everywhere I'll go

ミハエル

犬が死んだ。
私のではない。飼ってるわけがない。そんな金と心の余裕はない。
知り合いの犬だ。

「犬派ですか?猫派ですか?」と聞かれるのが嫌いというセリフがあったが、私は犬派だ。
ただ見た目で犬だ。

初めて犬を触ったのは小学生?だったか。あの感触を覚えていて、叔父が飼っていた子犬だ。
遠目からかわいいと思っていただけだったが、抱いてみろと言われて無理やり抱かされた。
固まった。生暖かくて、鼓動も感じて、ぬいぐるみとは違う、これは生きていて、この小さな体の中に肺も心臓も胃袋もあるんだと思ったら、恐ろしくなって固まった。
確実に、生き物だと。
それ以来、犬は遠くから見るだけで十分だと思った。

「飼い犬は家族」みたいな人の気が知れなかった。
犬に感情なんかあるわけがなく、あいつらはただ、餌をくれる人についてきているだけだと。ただの生き物だと。

今日死んだ知り合いの犬に会ったのは10年以上前。
ゲージの中で私を見つけるとワンワン興奮して、開けると、私の足に飛びつき、おなかを見せて寝ころんだ。
飼い主が「めずらしい、こいつ全然人に懐かないのに」と言っていたが、私はただ、どうしたらいいのかわからず戸惑っていた。
それから、会うたび彼は、遠くから私を見つければ走ってやってきた。
犬の扱いに全く慣れない私にもお構いなしに。

ビジュアルがかわいいから、よく他人が手を出しておいでをするのだが、筋金入りの人見知り犬みしりで塩対応。
そんな彼が他人の中で私にだけは懐いてくれた。何故なのかいまだにわからない。永遠にわからない。
ただ、いい子で可愛くて臆病で面白いやつだった。
犬が家族って言う人の気持ちもわかるわな、飼ってみようかな、とさえ。

ここ半年で、急激に彼は年を取り、人間でいうと80歳過ぎたこの何か月で、歩くのがやっとになっていた。
公園につれて行けば猛ダッシュでどこかへ行って、飼い主が呼べばどこからともなく帰ってきた犬は
地面に座り込みあまり歩きたくなさそうにして、呼んでも明後日の方向へ歩いていった。
何週間か前からとうとう立てなくなった。地面に近づけると、足をバタバタさせしっぽを振り、歩きたそうにしていた姿が切ない。

その彼を見て、老いた彼を見て思ったことは、やっぱり犬は飼えない。
耐えられない。老いてゆく姿を見るのは。可哀そうとかそういう次元ではなく、耐えられない。
生き物の寿命はわからない。けれど確実に先に死ぬ確率が高いとわかっている生き物を飼えない。
何度も飼い続ける人の気が知れない。

そして今日、死んだと知らせを聞いて、少し残った画像や動画を見て思った。
きっと、犬を飼い続ける人は、やり残したことがあるからなんだろうなと。
何より、死んだ悲しみより、楽しい思い出の方が多かったのだろうなと。それをもう一度味わいたいのだなと。

犬が人に楽しい思い出だけを残して逝ってしまうのは何故だろう。
罪な生き物よ。

彼が私に教えてくれたことはたくさんあった。
優しくしてないのに最初に優しくしてくれてありがとう。
妹は犬好きだったから可愛がってくれるだろう。