本当に昨日より今日はすばらしいのだろうか
Spotifyが三か月無料やってたので入ってみた。こういうの入る度に思うのは自分には向いてない。だって結局CDで持ってる曲をほぼ再生している。まぁ、これまでうっすら知ってるだけだった曲や通り過ぎてしまった名曲をちゃんと聴いたりできるのはいい。ただそのアーティストまるこごと好きになれるほど寛容ではないので、いちいち一曲ずつ探してポチポチプレイリストにいれなきゃいけないのがめんどい。「いやそういう風に使うんじゃなくて、とりあえずおすすめをランダムで流して、そこから、お?と思ったやつをリストに追加すんだわ」っていうのはわかるんだが、苦痛なのだ。興味のない歌を聴くのが。初手で無理だわと思ったら、最後まで聴いたってずっと無理なんよ。その度スキップして、気づけば99%スキップボタン押して一日が過ぎる。残り時間少ないのよこちとら。
というか一番の問題は今の私には、音楽はそこまで手間暇をかけるほど必要不可欠なものではないということなんだけれども。
で、本題は、今、ミスチルの新しいアルバムを聴いているわけで。
超プロモーションしてて、あぁそうかアルバム出すのかと。あぁそうかもしかしてSpotifyでアルバム聴けたりするのかと。
聴けちゃうのね。一銭も払わずミスチルが。恐ろしい時代やね。
始めて買わなかったアルバム。
ここ3枚くらい、買ったとて1回くらいしか聴かなくてさ、もうさすがに、仏の顔もってやつで。
まぁAgainがビミョーで、その後の産声とサタデーなんちゃらも1回で飽きたから、想定内。無傷。なんつったってタダ。
今の私にはそれくらいの価値でしかない。
どうでもいいけど、見てないけど、テレビの切り抜きみたいなのチラ見したら「作詞は星座をならべるような~」みたいなこと言ってっけど。
いいから、そういうの、いーから。
ほんで才能があった頃の自分の話をヘラヘラしてペラペラしゃべってんだろ?でしょ?どうせ。たぶん。知らんけど。
あの頃の桜井さん、タイムマシンに乗って今すぐワープしてきてくれないか。
そして未来の自分にドロップキックと水平チョップとマシンガンでとどめを刺して黙らせてくれ。
まぁ、私がワープしてきたら、私も黙らされるんだろうけど。
時の残酷さだけを思い知らされている
YouTubeでミスチルが歌ってて、あぁやっぱり「Everything」っていい歌だよねぇと思って見ている。
それだけですけどね。
序盤は、知ってる曲が、いい曲だなぁって手が止まるやつが、3曲に1回くらいしかなくて、あぁこのライブ行けばよかったなぁとはならなかったけどねぇ。
悲しみ。
何を書きに来たのでしたっけ。
そもそもここってこういうつれづれなる戯言を書くようなサイトじゃないんだろうけどまぁいいか。
とはいえ「未完」「終わりなき旅」「halleluiah」「優しい歌」「sign」と畳みかけるように終盤からアンコールは怒涛の昔の歌で、なんだよ、やっぱり行けばよかったかなこのライブと思わせる戦略にまんまとハマりそうである。
昔の曲ばかりで、いいよ。それでいいと思う。それがいい。
だっていい曲のほうが聴きたいもん。
いい歌唄ってる桜井和寿は本当にかっこいい。いい歌だけ唄っててくれ。昔のだろうと、懐メロと言われようと、あんたが作った歌だ。
美しい過去に囚われて何が悪い。
思い出したように最後の最後に無理やり新しい歌なんてやるほうがそれこそ過去に囚われてるよ。
「残された時間」という言葉が現実味を増してきたわたしたち。
美しさだけをなぞって生きていこうじゃないか。
あなたがいた だから名曲
遅れてきたコロナ陽性をくらった次の日から味覚が死んだ。
食うことだけが楽しみだった人間の最後の砦がないなった。
想像通りの地獄。半年続くそうですけど半年で終わるんすかね。つか簡単に「半年でだいたい戻りますね」って医者が言ってたけど半年ってまぁまぁですよ。
泣くに泣けないのは「なんであたしだけが」なんて被害者ヅラできる立場にないのは重々承知だからで、まぁ、この生き方してたらそれはそう、そういうこともある、いや、これくらいで済んでるの奇跡と思うから。
けれど本当はとても辛くて結構、けっこうキテルんだなと思うのは、ツベで今更見つけたMOROHAを聴いてボロボロ泣いてしまうから。なんの曲を聴いてもボロボロ泣けてしまう。
宮本から君へんとき、いい歌だなと革命だけずっと聴いてたけど、他は手をださなかったのを後悔。それでも名曲に遅いも早いもないさ。
ラップで家族がどうのこうの歌うなんてクソ薄ら寒いやつしか知らなかったのに、この人たちの歌は家族がどうのこうのほど泣けるのは何故だ。一応我慢するのだけれど、こんなちんけな家族がどうのこうのなんて、そんなんで泣いてたまるかと堪えるんだけど、いつの間にか泣いてる。何者だ。それとも病気で弱り散らかしているのか自分。
それでも家族 家族だった
写真に残る笑顔は二つ でもその場に三つ笑顔があった
あー何故泣ける。
なんてまだまだしぶといんだ私。まだまだ生きそう。恐ろしい。
自分が始めた物語が終わり続けている
特に、最近、何もなかったわなぁ。
あ、進撃の巨人アニメを見て号泣して、漫画全巻買って感心して、またアニメ見ようかなと思ってたりする。あんまりアニメも漫画も縁がない人生だったけど、いや、面白いと言われるアニメは1、2話覗いてみるんだけど、耐えきれず脱落。でもこのアニメだけは、もう泣いた泣いた何回もそこいらじゅうで泣いた。氷室さんのラストライブくらい泣いて頭痛がしたくらいだ。いい漫画だ。素晴らしい。「諌山創」と入力すると一番上の検索候補に「あたまおかしい」って出てくるの、これ、最高の褒め言葉だと思う。
そのあとはホームランドと北欧ドラマと英国ミステリードラマを片っ端から見てたな。
もう、敵わないよね。日本のドラマちゃんと見てるの坂元裕二しか見てないわ。それ以外、コントにしか見えなくなってきた。そりゃ戦争負けるよね、敗戦、ずっと敗戦し続けています。
あ、でも、野木亜紀子のドラマ最近一気見したな。嫌いじゃない。ちょっと左寄り過ぎやしないかという話もあったが。「俺はお前たちの物語にはならない」ってセリフいいよね。かっこいい。言いたい。いつか言いたい。どこで言うねん。
ミスチルもね、終わり続けてて、いっこも聴いてないんだけど、一周回ってよかった頃のやつはまた聴きたいなと。次の周年ライブには行きたいなと思ってんだけど、最近のなんかのライブのセトリみたら20曲くらい中、聴きたいの2曲くらいで、なんならタイトル初見みたいなのもあって「あー、もう新曲ださないでくれ」と祈っている相変わらず。
あと藤井風さんも右に同じく終わり続けております。正味1年しか持たなかったな。まさかなぁ、こうなるとはなぁ、寂しいねぇ。
あとバウンディさんね。うん。最近の2曲くらいは「ん?」ってなってて、これも終わり始めてるのか戦々恐々としています。
ミスチルしか聴いてなかった頃に通り過ぎてきたやつを今聴いたりしてます。サカナクションとかくるりとかゆらゆら帝国とかいいよね。
というわけで音楽にすがってさえいれば生きていける、と言っていた健気な女は、あればいいけどまぁなくてもなんとかなるもんだわなと、すっかり逞しくなりにけり。「このミュージシャンの音楽聴きたい!一生リピートして聴く!」という姿勢で生きてきた人間からすると、サブスクで知りもしない人の音楽を聴くなんて損でしかない、意味がわからない、とずっと疑問だったのだが、くるくるくるくる色んな音楽をつまみ食いする、そのシステム、便利かもと思い出している。だって、なんか続かないよね情熱が、最近めっきりさ、堪え性がないっての?という心の老化現象只中の身には、今こそサブスクなんじゃないかと、しんみりしたりしてました。
はじまったらおわる。
結構長く続いたほうだ。
妹がいなくなって気づけば7年になるのかぁ。
今の私を見てなんていうかなぁ。
ドラマ「BRON | BROEN」
見終わってとにかく何か書きたくなった。
あまりにサーガ・ノーレンが魅力的でしばらく浸りたい。
こんなドラマの存在を10年以上スルーし続けていたのか。
いや、存在は知っていた。いろんなVODでこれがおすすめに出てきていた。
その度、スルーしていた理由は「女の捜査官モノ」だから。
どうせあれだ、この女優を如何にキレイに撮るかしか考えてないような、この女優のPVみたいになってんだろうな、と思ってしまっていたからだ。
いけません。
日本のドラマのトラウマが意識下に刷り込まれ、危うく見逃すところだった。
もう、日本のドラマは、映画は、どうしようかな。見るかな。引いて見ちゃうよな。敵わないよ。お金のかけ方が違うとか、脚本が幼稚でとか、そういうこと以前に、とにかく作品を見る入口に立っている俳優たちの力量が違い過ぎてみる気にもなれない。いや日本にも素晴らしい役者はいるとは思うけれど、ドラマや映画のポスターに名を連ねるほどの有名で未熟な俳優たちに埋もれてしまって、私のところまでは素敵な俳優たちは届かない。
私が映画やドラマに一番求めるものがわかってきた。
登場人物を、特に主人公を、好きや嫌いを越えて、共感できてもできなくても、どうかラストは幸せになって欲しいといつの間にか願うように見ている。そういう作品が好きだ。彼女や彼らにしかわからないハッピーエンドであっても、そう終わってくれたら、しばらく彼女彼らに思いを馳せて、今もどうか幸せであってほしいと、馬鹿げているけどそう思える作品出会えたら、あぁ、この作品を見ずに死ななくてよかったと、大袈裟でも心底思うのです。
生きていてよかった。
私のような映画やドラマオタクではない未熟な人間にも、ましてや日本語しかわからないというのに、そこまで思わせてくれる、俳優たちの演技力に感謝します。
よし
01.I MISS YOU
「I」に一歩届かず。思い出したから勝手に比較。曲は好き。
02.Fifty's map~おとなの地図
こういうモヤっとする煮え切らない曲調、最近お気に入りなんですね。歌詞も引きづられてぼんやりしてますけどいいのかな。そんなことより、あのPVなに?まさか名曲「くるみ」の続編という立ち位置??その自信どこから生まれるんだ。
03.青いリンゴ
トライプレインみたい。20年くらい前に半年くらいハマってたバンドで最近のミスチルを形容する時よく使わせていただく固有名詞。
04.Are you sleeping well without you ?
「夏が終わる」に遠く及ばず。勝手に比較シリーズ。まぁでも、このアルバムの中なら次点。
05.LOST
うー、またこういうモヤっと曲調。歌詞が勿体ない。「年老いた2匹の犬が僕の帰りを待っているそれだけでいい」は激しく同意。
06.アート=神の見えざる手
どどどしたん?もぉー、やめてあげてよぉー、みんなが昔の桜井は良かったってAmazonレビューに書き込むからキレちゃったじゃん。「うるせぇ俺だって尖った歌まだ書けるっちゅうねんぼけぇっ」って。おじさんキレたら怖いんだかんね!プンプン!
07.雨の日のパレード
はい。
08.Party is Over
「Forever」には及ばず。「ロンT」・・他になかったですか。「泣いてる人の前でシャンパン開けてはしゃぐような君じゃないだろう」ずいぶん宗旨変えしたな。曲はよし。
09.We have no time
言いたいことはわかった。曲はまぁよし。
10.ケモノミチ
文句なし。
11.黄昏と積み木
はい。
12.deja-vu
はい、で我慢できないほどちょいキモ。
13.おはよう
「オハヨーオハヨーオハヨー」オウムかな。
「REFLECTION」くらいの爆発的な復活を期待していたのですが、甘く言って「SENSE」の後ぐらいの落下を辿り始めた頃で、でも「オレンジなんたら」よりはましかなくらい。「ケモノミチ」は別格であと4,5曲はなんとか。歌詞はまぁよくても曲があれとか。曲はまぁでも歌詞があれとかいろいろあるにはあるけども。
そもそも、歌詞がいいとか曲はいいとか、そういう次元じゃなかったから桜井和寿の作る音楽は。その歌詞を届き易くするためのメロディーで、そのメロディーを口ずさむための歌詞で、お互いがひっついて剥がし取ることなんてできない完璧な音楽だった。
もう、ポップでキャッチーな一回聴いたら口ずさんでしまうようなメロディーは無理なのか。それも才能溢れる歌詞でねじ伏せられてたらまだしも。自由や希望や恋の歌も若者に合わせているのか愛人が若いのか、薄ら寒い単語しか出てこない。特にラブソングはもう限界突破してます。内省的な歌も加減がわからんくなってきちゃってメチャクチャだし。
そらそうだよなぁ、50代なんて虚無真っ只中で「希望」も「内省」もあったもんじゃねぇ。「死ぬまで自分の足で歩けるようにしないとな」とか「ガン検診予約入れなきゃな」くらいの内省しかないわな。理解。
よし、想定内。「ケモノミチ」めっちゃよかったぜ。
「仕返し」だけが希望
「きーみにらーぶそーんぐをー送ろうぉ なんたらかんたらー孤独のメロディー その耳にだけーのこーるよう こーえもなーく うたーう」
つってね。
この部分だけのスポットを見たとき、うんざりでした。絶望でした。いや、安堵だ。「よし、次のアルバム、自信を持って買わないと言える」と。
ここ最近の、2枚くらいのアルバムの体たらくぶりの流れで、また大袈裟でただ暑苦しく薄っぺらいラブソングですか、と。
どうしたんですか「届いてくれるといいな君のわかんないところで僕も今奏でてるよ」のひっそりとした熱さは。もしくは「君が好き僕が生きる上でこれ以上の意味はなくたっていい」の潔さは。もしくは「何を犠牲にしても手にしたいものがあるとしてそれが僕と思うのならもう君の好きなようにして」の聴いてる方がひくぐらいの気狂い加減は。おまけにタイトルは「miss you」っつってさ。さようなら桜井和寿の歌。
と、呆れ果てた私が最後の親指の力を振り絞って、おすすめに表示されつづける「ケモノミチ」フルバージョンPVをついに見た。仕方なしに、暇つぶしに。
鳥肌。
ちょっとまて、あの歌、この歌の一部?タイトル違うのかなんて小さな問題はさておき、こんな歌にあの甘い歌詞がくるのか?
そうだった。桜井和寿の歌はそうだった。
呪いの歌がラブソングに、その逆も。優しい恋の歌が生き詰まる愛の苦しに悶えるような。聴く人を鼓舞してるフリして実は自分に言い聞かせていたり。
諭すのではなく、奮い立たせるわけでもなく、愛って素晴らしいと能天気にいうのではなく「僕だってそうなんだ」とたった一言で優しく包み込んでくれた。
聴き終えた後は束の間、一瞬でも、どういう状況にいても「愛」や「幸福」や「自由」を信じられた、たとえ勘違いでも。
手にしたことなどなくても「希望」という暖かい温もりを運んできてくれた。
そんな歌だった。だったじゃないか。
忘れていたわけではない。覚えていたからこそ、昨今のミスチルの曲が私のどこにも触れずに、ただ右から左へと通過してしまったのだ。
だから私のせいでは決してない。断じて私のせいではない。誰のせいって。
何度も聴いている。桜井和寿の新しい曲を何度も聴いている。何年ぶりだろう。
慌ててアルバムを予約した。
まだ生きていたのか桜井和寿。息を吹き返してくれたのか桜井和寿。
それともこれが本当に最後のファイナルラスト名曲なのか。だとしても。
もしかしたらアルバム全曲中、名曲はこの1曲だけかもしれない。
それでも構わない。3,500円以上の価値のある1曲。
私にとっては、様々な意味で「希望」の歌なのだ。