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everywhere I'll go

「リリーのすべて」を観た

「ムーンライト」「マンチェスターバイザシー」「LION」。

端から観たらどれもこれも、何も感じなかった。無。

終った、もう私に残されていたありとあらゆる感情はとうとう終ったのだと絶望していた。

でも最後に観たこの映画で救われた。

1900年代、世界で初めて性転換手術を受けた「女性」の物語。

そう聞くと随分大袈裟だ。

もっとささやかで、もっとパーソナルな世界の中の、優しくて弱い3人の物語だった。

デンマークに住む画家の夫婦。

ある日、夫に足だけ女性のモデルをしてほしいと妻が頼む。

ストッキングを履き、絹のドレスをあてがう。

その瞬間から、夫の中にいた、「リリー」が目を覚ます。

精神病だとレッテルを貼られ続けるリリー。

愛する夫が消えていくのを理解しようと務める妻。

最初にキスをして彼に女であることを気づかせた幼馴染。

(彼の存在はこの夫婦にとってどれだけ心強かったろう。)

3人の哀しみが徐々に増していけばいく程、それに反して、リリーの美しさは際立っていった。

ラスト近くでは、メイクも女装も必要ないほどの美しさだった。

昔は性同一性障害に理解がなかったからね、大変だったね、

で終わりではないような気がする。

勿論、今は、メディアで多くのトランスジェンダーたちが自分の存在を、権利を主張している。

でも、きっとそれらの人は一握りで、今この時代にも、リリーのように、密やかに、誰にもみつからないように、自分だけの一筋の光の中で、あるいはそれを探しながら、慎ましやかに生きてる人間がいるのではないか。

それは別にトランスジェンダーに限らず、病名もつけられない、漠然とした苦しさの中で、生きづらそうに息を潜めて。

この主人公は、今となっては、性転換手術第一号者!なんてことになっているが、当時はそんなつもりは勿論なかった。ただ、愛する妻と理解ある友人が、何より、自分自身が幸せになるための選択をしただけだった。

そういう作品になっているからこそ、トランスジェンダーでもなんでもない私が観ても心が傷んだり、暖かい気持ちになれたのだ。

好い映画だ。

私は社会の端っこへ追いやられた、あるいは逃げた人間が、それでも何かを見つけ誰かに出会い、少しだけ穏やかな気持ちを取り戻す話が好きだ。

ラスト。

リリーのお気に入りのスカーフが、彼女が描き続けた故郷の風景の中で、風に舞う。

彼女の妻と友人2人だけに見守られ、とても自由に、踊るように。

涙顔の妻がふと微笑む。

それを観た瞬間、この物語はハッピーエンドなんだと、この3人にとってだけでも幸せな物語だったんだと、祈るように思った。