fake_BOOTLEG

everywhere I'll go

未完

そのまま消えちゃうかもな
いいさ どの道いつか骨になっちまう

ヨルタモリで前に松本幸四郎が(あ名前変わってんだっけ)言ってた。
「本当に良い踊りっていうのは、見ているほうも踊りたくなるし、
 本当に良い歌っていうのは、聴いているほうも唄いたくなるもの」

このアルバム、唄いたくなる、片っ端から唄いたくなる。(除「足音」)

もうカラオケなんて、ってな世代であります。
そもそも友達がおりませんので、その行く機会の分母が小さい。
ひとりカラオケやるほど暇じゃない。いや暇だけど、そこに消費したくないし、金もない。
飲みが終わって、そいじゃあカラオケでも、とは言わない。疲れちゃってるし眠いし。
カラオケ代払うくらいなら、タクシー使って、いち早くおふとんに入って眠りたい。

しかし、中年でもおっさん方は違うね。リーマン、好きだよね、カラオケ。
唄いたいってより、大声出したいだけだなあれは。
つらいのよね。わかるよ。今日本で一番大変な人々だと思います。
だからって、臭くて馴れ馴れしくて図々しいのが許されるのかってぇとそれはまた別の話。
とにかく、おつかれさん、の言葉だけ贈っておきます。

そんなおっさんのカラオケ提案を今回ばかりはわたしも快諾。
だって唄いたいもの。「REFLECTION」全曲唄いたい!(除「足音」)

そしてこの歌ももちろんもれなく唄った。みなさんもぜひぜひ。
歌唱中も、歌唱後も、その爽快感ったらない。例えるなら、あの名曲「蘇生」を唄った以来の爽快感なのです。
おっさんに言われたよ「桜井節完全にマスターしてんじゃん」と。褒められたね。最上級の褒め言葉と受け取りましたよ。
あたりめーだ。何十年聴いてると思ってんだ。

とりあえず、歌詞を覚えましょう。
この歌、符割りがめちゃくちゃです。桜井作品にはお馴染みですが、この歌はその最たる出来栄えとなっております。
カラオケ画面のお兄さんとお姉さんのみょうちくりんな寸劇みながら歌詞を追ってたら、足りなくなるし余るしで、自爆必至。
あとはそう、「桜井節」。もう、ものまねしてください。しないと唄えません。

そして何より「やけくそ」で。
これこそが、この歌の最高にして核になるエッセンスとなっているのです。
ですから本当はこんな明日をも知れぬ、いや、明日なんて端から捨てた、いやいや、明日から見捨てられた、独身派遣おきらくおばさんが唄うよりも、
定年の先に安らぎはあるのか、そもそも定年なんて迎えられるのか、子供の学費はいつ払い終わるのか、いつまで働いたらいつ楽になるのか、という、諸事情により自棄になりきれないサラリーマンまっしぐらの臭くて鬱陶しいおっさんたちこそ、この歌を大声張り上げて唄うべきだと思うわけです。

自棄はわたしの最も得意とする分野です。
自棄が通常運転です。
自棄飲食、自棄躁鬱、自棄睡眠、自棄起床、自棄労働、自棄愛想、自棄入浴、自棄白髪、自棄生理。
自棄をつけてないともはや1ミリたりとも動けません。

この歌はそういうわたしのネチネチした醜く薄汚れた自棄を、キラキラとした瑞々しく美しい自棄へと浄化してくれる自棄歌なのです。