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everywhere I'll go

誰かが救いの手を君に差し出している

無宗教である。
やや、ミスチル信仰、桜井崇拝寄りなところはあるにはあるが、一般的には無宗教にカテゴライズされる。

会社にとてもおもしろくてとてもいい子がいる。
35歳で、山形出身で、今の会社で7年もハケンをしていて、故にいちおう、リーダーである。
容姿に関しての記述は控えるとして、ファッションはニッセンのカタログから飛び出してきたような、つまりそういう感じだ。
そもそも女にファッションセンスなぞ必要なくて、むしろちょっとみすぼらしいくらいの方が手ごろな男が寄ってくるし、プラス愛嬌さえあれば、乗り切れるものだ女の人生なんて、と最近気づく。時すでに遅し。

脱線したけども、ともかく、良く笑ういい子だから、それでいいのだ。

それでよかったのであるが、とんでもーなことを同僚から訊いてしまった。

このリーダー、とある宗教にハマっていて、片っ端から勧誘しているのだそうだ。
同僚も例外なくその洗礼を受けた。

相談があるからとご飯に誘われて行って見ると、山形から東京に出てきてある男とつきあって同棲して浮気されボロボロになった話を延々と訊かされていたはずが、「でもあるものに出会って救われた」とか「今の私があるのはこれのおかげ」と言い出し、あれやこれやとぼんやり訊いていたらいつの間にやら「地球の時空が曲がり始めている」だとか「中国人が日本に攻め入ってくる」だとか、壮大なSF物語へ突入。
「そんな時に生き残れるのは私たちだけなのよ」と。
「だから、あなたも入ろうよ」と。
同僚は、あ、これって・・・と、どん引き状態で「もうちょっと不幸になってからにします」と上手いんだか上手くないんだか、ともかくセンスのある断り方をして逃げ切った。
帰りに紙袋いっぱいの本やら新聞やらグッズをおみやに持たされた。

同僚はあたしがあまりにそのリーダーと仲良くしてるみたいだから、もしや勧誘されてしまうのではないかと危惧して忠告してくれたんだそうだ。

思い当たる節がある。

会社の飲み会の行きしな、彼女から、同棲して捨てられたという一連の話しを訊かされ「でもすごく救われたことがあって、今は嘘みたいに立ち直って、それは・・」と彼女が言いかけたとき、短気なおばちゃんよろしく、私は上から話しをおっかぶせてしまった。「へーあたしそんなにボロボロになったことあったかなー、あー、一度、この人とても良い人だわーって思った男が実は宗教にハマっててさぁ、まぁ、宗教に入ること自体は別にいいんだけど、それを勧誘してきたわけよ。それが嫌で別れちゃったんだけどね」。そしたら急に彼女の口数がそういえば減っていた。

あのとき、彼女は私の勧誘を諦めたのか。
だとしたら、なんか悪いことをした。
一応、勧誘だけさしてやればよかった。
SF、訊いてやればよかった。
その上で「あら、大変っ。なら、私はひとり、時空がひん曲がってるっていうのにあげくチャイナに乗っ取られちゃったニッポンで己のポテンシャルっていうのを試してみようかしらっ」と鼻息荒く爽やかにお断りしたのに。

団体名は「ケンショウカイ」というらしく、まったくお初な名詞だったので検索をかけてみた。
ウィキペディアをちら覗いたけど漢字ばっかのおどろおどろしいだけでチンプンカンプン。わかったことは、元はソウカとお仲間で、そこから仲たがいした団体だっていうこと。
はいはい、もうそれだけで十分でおま。

私が別れた男はソウカだった。それをもし、口にしていたら、彼女はここぞとばかり引き込もうとしたのではないだろうか。

つか、つーーーかよ。
知らないわよ。こんな団体、知らなかったってばさ。
知ってた?ねぇ、皆さんご存知だったの?
あの、みんなのソウカ、ゆかいなソウカと対立している、そんな団体あっただなんて。
そんなこと、歴史でも公民でも習ってないないなーい。

思うに、ソウカは、入会すればなんらかの政治的メリットが生じることもあるだろうから、芸能界なんて特に、それこそ労働組合みたいなもんで、入会理由が明確で、単純に胡散臭せっと笑える。
けれどこのケンショウカイは、得たいが知れなさ過ぎるだけに、薄気味悪い。
私はソウカ男の一件から、日本国民総ソウカと想定して他人と接してきたが、そうでなくて、実は総ケンショウカイなんじゃねーかとも思えてきた。

私の知らない世界がまだあっただなんて。
もっと2ちゃんとかに積極的に参加したほうがいいのかしら。

そういうわけで改めてリーダーに注目してみた。

彼女は全くテレビの話しについてこれない。
この団体、NHK以外は見るなという教えらしい。
おかげで彼女は、今のゲツクの主演が誰だか知らないけれど、ためしてガッテンネタは異様に詳しい。

そして実は全く仕事をしていない。
寝ているか、手にアトピーの薬を塗っているか、席を外している。
この席外しが、っぱねぇ時間で、どうやらトイレでお祈りを捧げているらしく、たまぁにラッキーな人は耳にしちゃうらしい。
同僚が勧誘されたとき「祈ればアトピーだってよくなるんだよ」とも言われたらしいから、彼女が常に寝不足で居眠りばかりなのも納得できる。
睡眠<<<祈り、なのだろう。
けれど、目の下のクマが色濃くなり、体のかゆみは酷くなる一方のご様子。
医者行けってのも、そりゃ聞かないわけだ。だって祈ってればいいんだものね。
嗚呼、まっことお嘆かわしゅうことでありんす。

山形のご両親はご存知なのだろうか。
「やっぱり東京なんかに出すんじゃなかった」と泣くに泣けないのではなかろうか。

差し出された手が救いに見えちゃったら、もはや地獄の底。

かわいそうに。
もう5年、浸かっているそうだ。
素人宗教研究者によると、3年以上経過すると脳レベルで浸かってしまい、後戻りは難しくなるんだそう。

かわいそうではあるが、やっぱり仕事はしてもらわんと困る。
あたしに言われるくらいだから相当してない。
遅刻も日常で、なんでクビにならないんだと不思議なほどで、それどころか、上司にエラかわいがられている。
もしかして、この会社は、ケンショウカイの巣窟なのかもしれない。

同僚がぽつんと言った。
「まったく、うちの会社わけわかんないですよね、ケンショウカイはいるし、アムウェイはいるし・・・」
あ、あむうぇい?ねずみコウの?
「そうなんです、ウエノさん、アムウェイですよ。みんな勧誘されてますから気をつけてくださいね。大丈夫です、あれは“お金ない”でカンタンに断れますから」
ぜんぜん、だいじょばない。
ウエノさんか。
そういやー、同じ沿線なんですよーっていきなりフレンドリーに話しかけてくれたっけ。

どんな会社だよ。ろくな会社じゃねぇ。
ろくな会社なんてあったもんじゃねぇ。
いや、労働者なんて、やっぱり、正気じゃ勤まらないってことだ。
何かにおすがり申し上げないと、やってられない、異常行動なんだよ労働なんて。

だから今日も元気にMr.Childrenを祈るようにトイレで口ずさむ。
よし、これで私は救われる。